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株式会社ごごしま様 ミソラ

株式会社ごごしま


愛媛県松山市高浜港から約2Km沖合に「興居島~ごごしま~」という離島がある。瀬戸内海の穏やかな海に浮かぶこの島の面積は8.49㎢、1,100人以上の島民が暮らす。この島の大切な生活航路を代表して担っているのが、今回紹介する「株式会社ごごしま」だ。
同社が所有する船舶は、しとらす(フェリー185トン 2018年新造)、あいらんど(フェリー484トン)、海燕(高速船19トン)の合計3隻に加え、この度リノベーションを行った ミソラ(フェリー131トン)がラインナップされた。年間およそ30万人の足となって生活航路を担うほか、夏にはたくさんの海水浴客などがこぞって乗船する。まさに離島への架け橋。
同社はもともと”小冨士汽船”として高浜港~由良港を結ぶ定期航路運営を行っていたが、平成23年に高浜港~泊港の定期運航を行っていた興居島汽船を吸収合併し、現在の「株式会社ごごしま」となった。従業員数は21名で、その大半が興居島の現地採用とのこと。同社ホームページからも伺えるが、自分たちの島にどうやったら沢山の集客を行い活性化できるか、また農業が盛んなこの島の商材販売の手助けを行ったりと、随所に見て取れる「島愛」は必見!最近では島への観光客に向けたレンタルサイクルをはじめ、島内にある空き家をリフォームして借家化し移住希望者の仲介役も率先して行うなど、様々な創生活動を展開。

今回は、同社がかねてより計画していた”カーフェリー リノベーション”を中心に、経営者の思いをはじめ地方創生のありかたについて考えた特集。経営者インタビューを交え、リノベーション完了から引渡しまでの舞台裏を一挙公開。

  • 古き良きレトロな雰囲気を醸し出す由良港待合所。1Fは乗船客の為の待合所だが、2Fは同社事務所となっている。待合所内には同社が手掛けるレンタルサイクルもあり、下船後すぐにバイクライドすることも可能。
  • 待合所の前には季節の美しい花が丁寧に植えられている。来島者を歓迎するかのように、温暖な島ならではのこの光景を下船後すぐに見ることができる。
  • 待合所1Fでは、島内で収穫した柑橘類やそれらを使ったジャムなどの加工品を販売しているブースも設置してある。地産地消を率先し自他共に喜んでもらえる飾らないこの風景に思わずやすらぎさえも感じることができる。


船のリノベーションにより滞ることのない安全で快適な運航を提供。

(フェリー ミソラ改装工事完了後、車輛甲板にて出航前引渡記念撮影)
左:(株)ごごしま代表取締役専務 山下峰さん 中:(株)ごごしま代表取締役 山下篤輝さん 右:田熊造船(株)代表取締役 三谷康胤

両社お互いの意思を確認しあえた事が思い通りの結果となった。


令和2年4月30日に引渡しを行った「ミソラ」は、全長:39.5m 全幅:11.5m 総トン数131トンの車輛搭載型フェリー。老朽化した自社船と交代させるため、本船を買収し運行に最適な改装を田熊造船にて施した。新しく、自動ドア付きバリアフリー客室を新設したことにより、車いすでの乗船も安全で快適なものとなった。


「島民が安心して乗船でき、快適な航海を提供するためのプロジェクトです」


そう熱く語るのは、株式会社ごごしま代表取締役 山下篤輝さん。現場たたき上げの実力派な同社社長は島民の安全な輸送を念頭に、さらには操船する従業員における船の扱いやすさや業務の安全性まで追及する徹底ぶり。

社長が主に工事を担当する傍ら、各種関係機関との交渉や幅広い交友関係と連携して本船を運行できるよう取り廻す、いわば縁の下の力持ち的存在の代表取締役専務 山下峰さんと2人で切磋琢磨し、最高の完成形に導くことができたと言う。

田熊造船では、そんな両者の意向をしっかりと受け止めるため、1つ1つ丁寧にヒヤリングし、随時変更となった個所も関係諸機関と連携しスムーズにオーダーを反映できるよう協力体制を構築。2社が一丸となって1つの船を蘇らせる本プロジェクトはおよそ1か月半の工程を経て、見事新造時に近い時代へのタイムスリップを果たしたのだ。


バリアフリー適用客室新設 最大搭載人員は108名から140名に拡大


  • ミソラに生まれ変わる前の同船

そもそもバリアフリーとは、視聴覚や身体に障害をもった方又は高齢者などが乗船する場合、あらゆる段差をなくして安心した船内歩行ができ、点字案内板(蝕知案内)他があることでトイレの場所や、入ったら危険な箇所(車輛甲板や機関室等)を明確化、さらには車いすで利用する乗客が十分なスペースを確保した客室内で問題なく方向転換ができることなど、海事法で定められている法律を細かく準処しなければならない。そのため、度重なる運輸局との打ち合わせをはじめ、32名定員が増える事と客室増設分の最大容積が増加する為、船舶専門の設計会社では数多くの計算を行うこととなった。構想を追い求めるたび図面を何回も作り直したり一筋縄ではいかないのが現状。さらに工事の中で1つでも予定と違うミスが発覚すれば、最終の検査に合格しない等厳しく設定されている。それもそうだろう、公共交通として大勢の乗客を運行するにあたり、たとえ1人の命も落としてはならないからだ。

  • この部分に客室を配置。もともと通路として使用していた為、梁を設けて窓枠とする方針。外観を損なわないよう神経のいる作業となった。リノベーションで一番大事なのは、船を新造する際に徹底的にデザインを追求して建造されるのだから、改造工事によって全体像ががらっと変わってしまうのは避けたいところ。なるべくもとのシルエットを残存させ、新設箇所は最大限に拡張する工事。これが技術者が追い求める理想の形である。
  • 客室内に入った乗客が、瀬戸内海の美しい景観を見ながら最高の航海ができるよう大きめの窓を配置する為きっちりした寸法を取り特注のアルミサッシを搭載する事となった。島民以外の乗客も数多く乗船する為、大きな窓から見える穏やかな海の景色は生涯心に残ることだろう。

ただ単純に「通路を部屋にする」ということだけではなく、長年使用に耐えるための耐久性、乗客が使用することを想定した工事や、美しさを保つためのメンテナンス性に至るまで、あらゆる角度から作業方針を固めて田熊造船現場従業員と共有することで完成度を高めることに成功した。あくまで造船所だけの話しではなく、その裏には船主側のしっかりとしたプランがあったことに他ならない。船の完成度は、船主側、造船所側、そして乗客の感性が三身一体となって共鳴するもので、どれか1つでも欠けたらよい船とは言えない。現在のところ、船主と造船所両社の考えは完全に一致していたということで、ここまでは良好と言えよう。あとは乗客がどのようなジャッジを下すのか静かに見守りたい。

  • 車いすでも難なく通り抜けできる開口広めの出入口を客室両サイドに配置。しかも乗客のことを考え、自動ドアを設置したことで、手を使わず客室に入室が可能となった。コストはかかるものの、乗客最優先の考え方は感銘を受ける。
  • 完成した客室出入口。実際乗客を乗せる就航の日まで汚れることがないよう養生はそのままで引渡しとなった。1番最初に乗る乗客の喜ぶ表情が思い描かれる。

  • 108名の最大積載人員をこの度のリノベーションで140名に増加した。そのことにより足らない救命胴衣もしっかり補充して万が一に備える。140個の救命胴衣は圧倒されるほど。検査対象にもなっている救命胴衣は乗客乗員の定員数をしっかり確保したうえで収納場所に格納しておくのが原則となっている。
  • 真新しいパッセンジャーシートが設置された新客室内。興居島へ向かう道中ゆっくり過ごすことができる客室では心躍る旅の幕開けにふさわしい明るいデザインとなっている。
  • 今回のリノベーションプランの中に、新客室は明るくしたいという内容が含まれていた。数ある材料のサンプルから選び抜かれた配色は、木目を重視し落ち着いた空間ではありながら明るく広がりのある見栄えの材料が選ばれた。日々の喧騒を、瀬戸内の穏やかな海と落ち着いた新客室が癒してくれるのではないだろうか。

「地方創生」という観点から運行を支える計画


こうして、再出発への希望を持ったリノベーションプランは進行していくのだが、電車には「駅」が必要不可欠であるように、船には「桟橋」が必須である。桟橋は基本市区町村の所有物件であり、管理管轄も同様である。特に同社の運営する離島航路の場合、桟橋に不具合が生じて乗船客が乗降できなくなると大問題である。台風のような自然災害で破損する場合、度重なる離着岸による破損、経年劣化…内容は様々であるが、1度建造したからと言って永久的に使用できるものではない。しかし市区町村の予算は削減方向にあり、決して満足な修繕が行われることはほとんどなく、壊れてから緊急で直すといった繰り返しである。桟橋がうまく稼働していなければもちろん乗降客もその桟橋を使用することはできず大変な遠回りを強いることになり、船を運行する同社も運休という大きな損害を被ることにもつながってくる。島の住民だけではなく、観光客や島で仕事をする業者の利用が滞れば、島自体の経済にも大きな影響を及ぼしかねない。そこで、愛媛県は興居島側の「由良港桟橋」を新造する計画を持ち掛けてくれているという。桟橋を利用して運行を続ける同社にとってはありがたい話であり、総合的に見れば地方創生にもつながってくるのではないかと考える。今回の計画もそうだが、公的機関との連携は同社にとって必要不可欠なのである。



運行面及び創生事業に主に関与しているのは、同社代表取締役専務 山下峰さんである。峰さんは、その幅広い交友関係を生かして、所有船の整備系あらゆることに始まり住宅リフォーム仲介事業やレンタルサイクル事業なども立ち上げ同社の中核をなしている。また、官公庁と同社の接点となりあらゆる交渉事や計画の提案を経て実現に向け率先した動きを見せている。同氏は高校卒業後福岡の大学に進学、一般企業に就職後16年の歳月を経て地元である興居島に戻った。それ以降は父親で代表取締役の篤輝さんと共に株式会社ごごしまで日々奮闘している。他府県で長くいたこともあり、その経験が峰さんの原動力ではないかと考える。普段は物静かな同氏だが、話をしていると随所にみられる歯切れのよい決断力も様々な経験からなのであろう。

同氏がよく行くというレストランに伺った。「しまのテーブルごごしま」そこは2009年に廃校になった旧泊小学校を利用した素敵な場所だ。懐かしい校舎の感じや、運動場から体育館に至るまですべてがそのままの形で、校舎の1Fをカフェとして運営している。校舎前には広いウッドデッキが設けられ、さやけき日差しを浴びながらの食事は格別。清々しい海風が吹き抜けるこのレストランが峰さんのお気に入りである。同レストランの料理人兼オーナー 藤内さんはもともと松山市内から興居島に移住をした方で、峰さん同様離島振興に力を入れている。

ごごしまフェリーに乗って「興居島」に行こう!静かで波の音が心地よいノスタルジックな港町、回り道の果てに自分を見つけられる楽園へ。


光芒射す瀬戸内の海


離島振興を促す誰もが考えているのが、「島を楽しもう!」であろう。ただ単に楽しむと言っても人それぞれアクティビティーや見る風景も異なる。ただ、興居島でまず感じることができるのは壮大な山々が見せる立体的な地球、古くから海上交通の要衝となった深く澄んだ海、江戸時代から続く情緒ある街並みや段々畑。ダイナミックな島の魅力を全身で感じることが醍醐味であろう。人の営みが自然と調和する風景が見どころだ。

そんな美しい「島」だからこそ、たくさんの人に来てほしい。こういったことから始まる地方創生のありかたは島民と、島を愛し移住を果たした人たちで考えられ展開されている。誰しもが「生まれ育った町」があり、離れていてもいつも心の中にあるものだ。今回取材でこの島を訪れて、どことなく懐かしく心が癒された。日々せわしなく動く人ほどこの島に来てほしい。そして自分を見つめなおし、明日への活力のために「なにもしない」のも長い人生の中にあってもいいのではないだろうか。